抜群の身体能力に長打力……誰もがその将来性に大きな期待を抱いているのが、巨人の外野手・大田泰示(24歳)だ。だが、入団してから昨年までの6年間はその期待を大きく裏切り続けてきた。昨年も自己最多の44試合に出場したが、打率.246、2本塁打、12打点と結果を残せず、レギュラー獲りはならなかった。
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しかし、背水の陣で挑む7年目。大田はレギュラー奪取どころか、4番争いを演じている。首脳陣の中には、「今年の大田は何かつかんだような気がする」と目を細めるものもいる。そして誰よりも大田の成長を感じているのが、原辰徳監督だ。
「これまで(大田)泰示には何度、期待を裏切られてきたかわからない。それでも、もう一度、だまされてみようと思っているんだ」
その言葉通り、紅白戦、オープン戦で原監督は大田を4番に指名した。初の実戦となった2月12日の紅白戦。「4番・センター」でスタメン出場した大田は、初回に西村健太朗からタイムリーを放つと、翌日の試合でも3安打。幸先のいいスタートを切った。
そして長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督が視察に訪れた15日の紅白戦では、新外国人のマイコラスからバックスクリーン右に飛び込む特大の一発。次の打席でも久保裕也からライトオーバーの二塁打を放った。大田のバッティングを見た長嶋氏は「(ホームランは)外角のボールをうまくセンターに持っていった。去年の秋から今年にかけていい感じで打っている。ひょっとしたら面白いよ。今年は」と絶賛した。
ただ大田は、浮かれることなく、この日のバッティングについて淡々と振り返った。
「4番というのを考えてしまうとプレッシャーになってしまうので、いつも通りのバッティングをすることだけを考えました。ホームランの打席は、いつも打撃練習でやっていることができました。ああいうバッティングをこれからもできるように練習するだけです。とりあえず結果が出たことはプラスにしていきたい」
昨年のこの時期も大田は一軍に帯同していたが、開幕メンバーからはもれた。シーズン中も一軍と二軍を行き来するなど、確かな実績を残すことはできなかった。それでもシーズン終盤はホームランを放つなど、変化はあった。
大田が取り組んでいたのが、左肩の開きを抑えることと、外のボール球に手を出さないこと。そして打つ際にはインサイドアウトのスイング軌道を意識し、コースに逆らわないバッティングを心がけた。その結果、何でもかんでも強振するという悪癖が消えた。
さらに、配球や投手心理についても研究を重ね、徐々に引き出しの数を増やしていった。ファーストストライクから積極的に打っていく時もあれば、じっくりとボールを見極めることもある。また、球種を絞って打席に入る時もある。大田は言う。
「すべてを打ちに行こうとし過ぎず、自分が打てる球をしっかり見極める。そして、打てるポイントに来た球をミスショットせずに、必ず打てるようにしたいと思っています。そうしていく中で、打てる枠をどんどん広げていけばいい」大田は紅白戦を含めたすべての実戦で4番に起用され、3月1日現在、39打数14安打、打率.359とアピールを続けている。この結果に、さすがに大田自身も手応えをつかんでいると思っていたら、そんなことは一切なかった。
「もっともっと、正確性を高めていかないといけない。大きいのばかりを求めてしまうと打率が悪くなる。それを捨てるとは言わないですけど、いかに確率を上げるかというのが、今の自分にいちばん大事なこと」
周囲は「今年は間違いない」「覚醒は本物」「4番は大田だ」と沸くが、本人はいたって冷静だ。
「開幕一軍を果たし、スタメンで出ないことには4番の座をつかめない。シーズンを通して4番を打った経験もないですし、とにかくこういう結果がこれからも残せるように継続していくだけです」
試合が終わると、バットを持って打撃ケージに向かう大田の姿があった。時間が許す限り、打ち込むためだ。
かつて巨人の不動の4番だった松井秀喜氏がつけていた55番を背負った時期もあった。自信はあったが、プロの壁は想像以上に厚かった。だが、苦しんだ分、得られたものはたくさんあった。今の大田には、どんな現実が待ちうけようが、すべてを受け入れる強さがある。
「今年の大田は本物か?」 ―― その答えが明らかになるのは、もうすぐだ。スポルティーバ●文 text by Sportiva
大田泰示
G(巨人)大田覚醒|いろいろなまとめ
7年目を迎えた巨人の大田泰示(24)が15日、実戦でのチーム初本塁打を放った。
宮崎での1次キャンプ最終日の紅白戦に、原辰徳監督(56)が「現段階での理想」とした主力組の「4番・中堅」で出場。三回の2打席目に新外国人右腕のマイコラスから、2ラン本塁打をバックスクリーン右へ叩き込むと、続く3打席目には久保から右越え二塁打。5打数2安打の大田は「意識していることができて良かった」と中堅から右方向への快打に汗を拭った。ネット裏のブースから試合を見守った長嶋終身名誉監督も「大田はいいねえ」とご機嫌で宮崎の地を後にした。
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12日は適時打、13日は3安打1打点。紅白戦3試合計12打数6安打、打率5割と好調を維持する大田に「スタートラインから2、3歩。開幕まで10、15歩は必要」と独特の表現で評価した原監督は今年も「強化指定選手」に指名している。キャンプ前には「今年もだまされてみようかな。非常に有望な選手になった。彼の持っているスピード、肩の強さ、動きの躍動感は、なかなか日本球界にはない」と話し、キャンプ序盤には親しい関係者にこう言っていたという。
「大田はチャンスです。戦えるだけのメカニックを持ち合わせてきた。攻走守に結果を出すべくして出しつつある。バッティングで言えば技術的にはバットの出が一定してきた。バットの軌道がスムーズになってきました」
スポーツ紙は「大田4番で一発」と大騒ぎ。「今年こそ覚醒する」と鼻息が荒い関係者も多い。が、他球団の偵察部隊は意外にも冷静だ。某スコアラーがこう指摘する。
「大田に関しては、結論を出すのはまだ早いでしょ。キャンプでは毎年『強化指定』され、優先的に打席に立たせてもらって7年目。キャンプではいつも目立っているんです。数年前に沖縄キャンプで弾丸ライナーの本塁打を打った時は『今年こそ出てくるな』と思いましたもん。それが、投手の状態が上がってくるオープン戦に突入するといつも急失速。開幕のころにはいなくなっているというパターンを繰り返してきた。だからまだ早いんです」
■インコースはからっきしダメ
昨季は自身最多の44試合に出場。リーグ優勝後には4番も務めた。前出のスコアラーが続ける。
「昨年の後半あたりから中堅方向を意識するようになって、課題だった変化球への対応はだいぶ進歩している。でも問題はもうひとつある。『インコース』です。これまでの打撃を見ると、ここがまだからっきし。内角をうまくさばけない限り、原監督が何を言おうが、マスコミがどんなに騒ごうが、だまされません」
確かにこの日の本塁打と二塁打は、いずれも外角だった。まだ紅白戦。ミスターが視察していたこともあり、まさか味方投手が花を持たせてくれたわけではないだろうが、大田の“バカ”当たりを、少なくとも他球団は冷静に見つめているようだ。
今年初めの系列紙のインタビューで「泰示が4番を奪う2015年になったら。7番、8番を打ってるようではダメ。それなら補欠」と話していた原監督も実は半信半疑なのではないか。ある球界関係者がこう言うのだ。
「巨人の補強はまだ終わっていないって話です。原監督が『長打力のある外野手』と『先発投手』を球団に要望していて、水面下でまだ調査を継続していると聞いています。昨年末に強打のグリエルを取り逃がしたことも一因でしょう。外野のレギュラー有力候補の長野とアンダーソンは手術明けのため、現在二軍調整中。そういう事情があるとはいえ、いまだに打てる外野の外国人を探しているということは、大田の覚醒を完全には信じ切っていないのではないか。もし助っ人外野手なんて入ってきたら、大田は『チャンス』を失うことになるでしょうから」
キャンプからオープン戦までは強化指定でも、開幕後となれば話は別。いつ新たなライバルが出現するとも限らないのが巨人であり、原監督のやり方である。大田が生き残るには、このペースで打ち続けるしかない。